■ 參 / 『雑念傀儡』 ■
「ん………」
私、曽我琴葉は、枕元で鳴っている目覚し時計の電子アラームの音で、現実の世界へと引き戻された。
ベッドから、起き上がる。
どうやら、今日は相当に労れていたらしい。
日常の日課が、少しだけ崩れてしまった。
最後に電子アラームに起こされたのは一体何時だっただろうか…。
考えて、止める。
とりあえず、他の日課は熟しておきた
まだ気怠さが残っている身体を、無理やり起こす。
すっと、自分のチカラを使ってみる……。
…。
感覚は、どうやらあるようだ。無論、仮初の感覚。
正確には辺りの状況を脳内で再構築し、触れているものを頭の中で現実と同期させてシュミレーションする、ようなればゲーム感覚だ。
そんなことは、最早考えなくてもできるのだが。
昨日随分チカラを使ってしまったから、どうも不安だったのだが、どうやらまだチカラはあるらしい。
安心する…だが、他にも問題はあった。
身体が、極度に懈い…。
「…はぁ…」
久し振りにアラームの音を聞き、少し機嫌も悪い。
とりあえず、こんな空気と盗汗は、シャワーで流してしまうに限る。
緩慢な動作で起き上がり、自分の部屋を出る。跣のままで外に出たため、フローリングの床が冷たい。
そういえば、もう少しで真冬という季節だった…。
窓の外を覗いてみると、霜が降りているのか、少しだけ外の空気や地面が心なしか冷たそうに見える。
そのまま長い廊下をいつものルートで歩いていき、その途中で樹に遇った。
樹はいつものとおり髪の毛を気怠そうに掻きながら同じように洗面所に向かっているらしい。
と、向かい合っている私に気づく。軽くあくびをかみ殺してから、
「…おはよう」
そう言った。
「おはよう、樹。珍しいのね、貴方が私と同じ時間に起きてるなんて」
「いや、姉貴が遅いんだろ? ま、それよかさ…」
と、樹は少し言葉を濁らせて、
「………あのさ、昨日、夜遅かったけどさ、どうかしたか?」
…どうやら、見られていたらしい。
まあ、いつもは能力を使って飛んで帰ってくるのだが、昨日は能力を使いすぎて歩いて帰ってきたんだった。
それを、目撃されたのだろう。
「樹、気づいてたの? それとも、起こしちゃったのかしら…ごめんなさいね?」
「いやさ、それは良いんだけどな…何かあったのかって思ったから…」
相変らず、樹は私のことを心配してくれているらしい。
素直に、嬉しいと思う。同時に、こんな弟を持てて、すごく幸せに思う。
小さい頃から、ずっと衛ってもらってるから。
ずっと、想って貰っているから。
だから、今回だけは、私が、彼を衛ってあげないといけないのだ。
絶対に。
「それにさ、姉貴…」
樹は少し間を置いて、言葉を続ける。
「俺が声かけたのに、耳に入ってなかったっぽいし。なあ、何かあったのか?」
―――余程、昨日はヤバかったらしい。
「……う、ごめんね。でも、大丈夫だから」
何が大丈夫なのかは分からなかったが、樹にはそう言っておかなければいけない気がした。
昨日は戦いが終わり、満身創痍で家に辿り着いたのはすでに日付が変わってから二、三時間は経ってからだった。
それからすぐに身体を洗い、そのまま死ぬように眠ったのだった。
どうやら、連日の戦闘が身体にも響いているようだった。
「・・・ん・・・まぁ……姉貴がそういうなら、俺は何も言わないけどさ」
樹はまだ納得を仕切れていない様子だったが、何も言わないでくれた。
ちょっとだけ、樹を心配させて閉まったようだ。
これからは少し、気をつけておこう。
そんなことをしていると、
「あぁ〜お嬢様っ!!」
という声が、冬の廊下に木霊する。
私を見るなり、声をいきなり上げる使用人は……沙耶華だった。
小柄の身体で一生懸命走ってくる姿がなんとも微笑ましかった……。
「おはよう。で、何? 沙耶華さん?」
ぜぇぜぇと、全力疾走(?)してきた沙耶華に声を掛ける。
「あ・・・お、お嬢様・・・その・・・昨晩なのですが・・・」
昨晩?
沙耶華が聞いてくるのを、冷静に聞きながらふと、私は疑問に思った。
例え疲れていたとしても、こんなにも多くの人間に目撃されたら気づくのではないか、と。
過労であったと片付けるのは簡単だが、私は何かがおかしい気がした。
…もしかして、私の能力が、弱くなってきているのだろうか?
それとも、この屋敷自体にそういう呪詛みたいなのが、かけてあるとか。
どちらにせよ、魔術の知識が皆無の私にとって、皆目見当つかない話ではあったが。
「何? 沙耶華さん」
「えと…えと…何処にいかれてたんですか??」
…やはり…見られていたらしい。
「何処でもないわ。それにしても、二人とも私に気づいていたのなら何故、声を掛けてくれなかったの?」
「え? 二人?」
と、驚く表情の先に、弟の樹。
「樹クンも?」
「ああ、俺は沙耶華ちゃんにも気づいたよ。沙耶華ちゃんこそ、どうしてあんなところに?」
「え…あ、それは……その……」
と口ごもる沙耶華。
私はふと疑問に思い、悪いとは思ったのだが、チカラを少しだけ使う。
少しだけ、自然に目を閉じた。
言ってしまえば脳波だって、微弱な電気信号に過ぎない。
”脳内電波を完全に同調させ、相手の思考を読み取る”。
まあ、簡単に言えば読心術みたいなもんだ。そして、正確に言えば某人物の未来視と同様、『想像』の粋は出ないのだが。
ただ、記憶などのアーカブ情報までトレースできていないので、かなり内容は不完全になる。
それに、あまり同調しすぎると、逆にコチラの精神が攪され出相手に逆流してしまう。
ちなみに、友人で実験済みだ。
《術式、改律開始》
《精神派 同調 <シンクライズ>》
《脳波 同調<トレース>》
…
『………ぁ…ぅ…樹様…?』
―――樹、”様”?
私は沙耶華の心をもう少し覗こうとして、
「おい、姉貴?」
《改律、遮断》
と、樹の声で現実の世界へと引きもどされた。
目を瞑っていた私はすっと、目を見開く。
流石に緑色に発光している目は見せることは出来ない。
この能力を使うときの、欠点。それは、発動する際に光る目。
どうやら魔眼のようなものらしく、まあ魔術の知識が無い私には分からないが、そのおかげで能力が使えている。
そのため、相手が『視線で物体を操る能力』と信じたのも、頷ける話だった。
まあ、私が操作したのだが。
「…何、樹?」
「あ、いや、飯、行こうと思ってさ」
にこっと笑う樹。その横に、沙耶華の姿は無かった。
…いつの間に。
曽我家では、朝、共に食事を取ることが習慣となっている。
いや、正確には習慣となっていた。
だから私は当然だし、朝に弱い樹も起きてくるのだが。
しかし、食卓に談笑があるわけでもない、ただ、黙々と食事をしているだけ。
それが、当然で、必然で、自然。
そんな、奇妙は空間。
屋敷の食堂と読んでも良いほど広い空間に、私と樹だけが、数名の使用人の前で食事をする。
その際も、私たちは無礼をすることを許されないのだが。
曽我家に生まれた以上、それは仕方の無いことなのだが。
しかし、樹はそれが余り好きではないらしい。だから早々に食事を片付けると、食卓を後にした。
まあ、いつものとおりコンビニで朝食でも買って食べるのだろう。
その間、私語は一切無い。
樹が食卓の席から立って、退室するのを眺めながら、私は想った。
本当の話。
格別、沙耶華が樹のことを特別な目で見ていても、私は可笑しくないと思う。
そして、只ならぬ関係になっていようとも、私は何も言わないだろうし、それで関係が壊れることも危惧してはいない。
しかし、先ほどの呼び方に、私はすこし疑問を感じていた。
まあ、確かに。
昨日二人は共に夜を過ごしていて、私のことを目撃したのなら、私は不思議はないと思う。
その後、偶然沙耶華が帰ってゆく際、私を2人で目撃した、と。
そうなのだろう。と、私はとりあえず自分の思考に終止符を打つことにした。
「あの……お嬢様?」
と、控えめな声が私に掛けられていることに気づき、そちらに目を向ける。
そこには、ちょっとおびえた感じの使用人が一人、いた。
その私を見る目に、明らかな”脅え”の色が現れていることが分かる。
思考を読むまでも無い。
「何かしら、智香さん?」
私から名前を呼ばれ、一層脅えの色が強くなる。
当然、なのかもしれない。
私は、今は亡きとは言え宗家の人間で、この使用人とは住む世界が違うのだから。
私としてはそんな壁は存在して欲しくないのだが、なかなかそういうわけにも行かない。
やはり、使用人たちからすれば私たちは、”すむ世界が違う住人”なのだろうから。
「そろそろ、学校のほうのお時間なのでは?」
その言葉に時計を見る。
と、その時計を正確とするなら、かなり危険な時間帯に突入し始めている。
うーん、どうやら、朝の”寝坊”が相当に韻いているらしい。
こりゃ、一日のリズムまでもが崩れかねない。
「ああ、ごめんなさい。すぐ支度します。ありがとうね、智香さん」
席を慌しく立ち、有難うの恩を言おうとするが、使用人はすでに消えた後だった。
私は、一人だけ佇んでいた。