■   / 『運命内包』 ■

 


別にいつもと変わらない夜。

耳を澄ますと、何処からともなく草虫の音色が聞こえてくる。

心地の良い、夜だ。

しかし、その日は何故かその夢は感じ方が違った。

沈黙による、ひどい不安。そして、狭隘。

「真実、というのはね、この世には存在しないのだよ」

それは、まるで子どもを諭すような、やさしい口調だった。

「この世に於いて、例え理解難解な事象があるとして……しかしそれは、単純かつ明快な事象が複雑かつ混沌としているにすぎない」

また、あの場所。無音の、この世の何処でもない場所。

そして、その中心には白マント。

「そう、真実なんてそんなものだ」

”魔法使い”は、すっと、目を閉じ、空を仰ぐ。

その姿は何かを崇拝しているようでもあり、まるで自由を象徴する偶像のように、可憐だった。

しかし、そこで一人芝居をしている彼自身、悲しげなのが妙なちぐはぐな感じがする。

「もう一つ、真理を説こう。この世の中には、偶然など、ありはしない」

その科白自ら喋り、そして自嘲するように笑う。

「偶然がたとえ起こったとして、それは絶えず絶対なる意思によって操られているにすぎない」

”絶対なる意思”というのにアクセントを置いて、言う。いや、威かに”宣言”する。

「そして、我々はその意思に反することはできないのだ」

そこで魔道師はクククッと自嘲的な笑みを漏らして、哂った。

それは悲しみ故の憂いか。

それとも、自らの無力故の悲しみか。

または、真理を知ったことによる、無力感からか。

魔法使いは、只、宣言するだけ。

「…絶対なる意思による運命の矯正」

そこは、例の夢の中だった。

暗闇、そして巨大な月。

切り取られたように、あきらかに異質な雰囲気の男が、中央にいる。

何かを詠っているようで、どこか優雅に。

しかし、どこか寂しげに。

「我々は自由と言えるのだろうか? いや、我々は決して自由ではない。絶えず、”偶然”という時の鎖によって縛られているのだから」

何ヶ月ぶりにみた、夢。

いや、前に見たのは数年前だったかも。

しかし、今はそんなことはどうでも良かった。

この世界では私は”傍観者”でしかないのだから。

彼は、その夢幻の空間の中、永遠と一人舞台を演じなければいけないのだ。

これ以上の孤独があるだろうか?

不意に、私はなんとなく、彼が感じていた”哀しさ”の理由が、うっすらとだが、理解できたような気がした。

永遠という、真の孤独。

何も無いという虚無感という漠然とした不安と、そして自分に足りないという喪失感。

そして、それと同時に感じる、至福感。

世界を作るワンピースである自らが、世界を変えてゆける矛盾。

絵が完成するのを見ることが出来る、唯一の傍観者。

それは、まさに監視者とでも形容した方がいい。それは、至上であり至高。

全ての人類が願うことであり、神のみに許された特権。

世界の週末を、見ることが出来るという、最高で最低の立場。

「本当に我々が自分の意思で選択できることは何か。答えは簡単だよ……」

例の魔道師――”  ”<ブランク>が、空を仰ぐ。

「死ぬこと、だ。自らを、終わらせること、それだけが、自らが選択できる、自由の限度」

完全なる故に、不完全な男の一人舞台は、すでに幕を下ろそうとしていた。

「だから、僕は、君たちに託す。意思に勝つ―鍵は、君らに与えた。あとは、扉を開けるかどうかの、問題だ」

そう、最後に彼が言ったのを境に、夢は短く途絶えた―――

―――今宵の月は、何故か泣いているように、見える。

世界は、消え去る。

 

「………ぁ…」

目覚め。

目覚めたのは、とあるホテル。

辺りには如何わしいピンク色で統一された家具と、カーテン。

さらに、私を映し出す巨大な鏡が、私を見張っているように感じる。

「……」

少し、泣いていたらしい。

頬についた涙を見て、弱くなったものだと、実感する。

あの事件から数日。

私は”行方不明”という扱いとなっている。

『原因不明。都内豪邸破壊。親族は全員行方不明』

あれから数日はニュースにもなっていたのだが、最早TVで何処を見てもニュースはやっていない。

まるで、あのことは嘘だったかのように扱われている。

でも、私は未だに悪夢から抜け出せては居ない。

――そう、これは私にとっての現実。

再認識する。

事実、自分の家は自分のチカラによって崩壊し、そして弟である樹は私の”敵”となったのだ。

「……そう、だ」

ヨロヨロと立ち上がり、緩慢な動作で衣類を身に纏う。

昨日も、そして今日も、私は弟をひたすら探している。

”敵”となったからではない。弟を変えてしまった原因は、自分にあるかもしれないからだ。

本来なら私が追うはずだった”運命”を、彼は私と共鳴して背負ったのではないのか?

私は、今そう考えている。

双子という特別な状況ではありえないとは思えない。

やはり、私と樹は心の内のどこかで繋がっているのではないだろうか? とまで思うのである。

私が能力を得た…そして、その性で、樹も巻き込まれてしまった。

一番恐れていたことが、怒ってしまった。

共感意識、とでもいうのだろうか。

私は、樹から何もかもを奪ってしまったのかもしれない。

そう思うと、やるせなくなる。

――それにしても……樹は一体どこへと行ったのだろうか?

ホテルから抜け出し、その足でファーストフードへと向かう。そういえば、昨日から何も食べていない。

店に入り、成るべく人からは見えないような位置に見当をつけ、簡単な注文を済ませ、商品を受け取り、席に着く。

ファーストフードで安い商品をがっつきながら、私は何をしているのだろうかと、時々思う。

しかし、そんなことを考えていては何の生産性もないし、未練ったらしいだけだ。と、自分に言い聞かせる。

目の前を女子高生とおぼしき人影が通り過ぎる。

その横は忙しそうに時計を確認しているサラリーマン。

彼らは一体、何に向かって急いでいるのだろうかと、ふと感じる。

途端、ある一転に私の視線のピントが合うかのように収束する。

――コイツハ、キケンダ。

何故、そう思ったのかは分からない。

だが、私は直感できた。

眼の前に、私の目の前、視線を堂々と受けて受け止めている一人の少年。

今風の若者のファッション。雑踏に紛れていたら確実に見つけることは出来無かっただろう、そんな風貌。

慎重も目立った風ではない。ただ、一つ他の人間と異端な点といえば、オーラ。

気配みたいなものだ。

視線を合わせたまま、私は動くことが出来無い。ファーストフードの硝子越しに、2人は見つめあう。

私は、動けない。

しかし、次の瞬間、突如眼の前の硝子が粉々に砕ける。

騒音。

硝子が砕けて私のほうへと振ってくる。

それはまるでスローモーションのようで。

《改律、発動》

無意識に能力を使い、硝子を止める。

自由落下を止め、そして手元にあったトレイで薙ぎ払う。

そしてすぐに少年を見つけようとするが…いない。

「あ、あの…お、お客様、大丈夫で…」

店員らしき人物が私をみつけ、声を上げるが…

私はそれに答えもしないまま、駆け出した。

 

随分と、走った気がする。

前ほどから呼吸は上がっていないものの、少年を見つけるには至らなかった。

それは、まるでその場所から溶けて消えてしまったように。

もう、居なくなっていた。

だが、私は走り続けた。

何かに導かれるように。

分からない、私は何も考えていない。

だけれども、私は自分の意識で走り続けていた。

理由は、ない。根拠は、ない。ただ、目的がある。

そこに何があるのかは分からない、でも私は足を止めれなかった。

そして、私はとある廃ビルに”導かれた”。

見えない何かによって。

その廃ビルは、夕日を背に耀いていた。

何気ない、廃ビル。

都心からは少し離れている郊外。家も付近にはバラバラ。

そこに、一人の少年。あの少年ではなく、見知った少年。

階上、おそらくあの場所は3階だろうか。ビルに窓は一切ついていないため、正確に何階とは言えないが。

私と、同じ顔、同じ運命を共用した人物が、私を見下げていた。

「……来たね」

そう言ったのは他でもない、目の前に立っている樹だった。

 

私は、それから能力で一気に重力を、反重力へと転換して3階へと駆け上がってきた。

そして、地面に、混凝土向きだしの3階のフロアへ、降り立つ。

そこは広いホールのような場所だった。

一回がそのまま広場になっており、東西南北に広がっている。

大きな柱が数本あるだけの広場。

そして、その中心には、樹。

「……こんなところに隠れてたの? どうりで、見つからないわけだわ」

ふうっと、私は嘆息する。

工事中なのか、それとも不良債権なのかは知らないが、あたりに多くの工具や資材が放置してある。

樹の背は、まるで光でも背負ってるかのように神々しく映る。

「夕日が……綺麗だね」

唐突に、樹がそんなことを言う。

「?」

「…世の中には、綺麗なことが多く溢れてるのに、人は何故、それに気づきもしない」

その言葉は、まるで人間を恨んでいる呪詛のようでもあったし、自分自身に対する嘆きにも取れた。

樹は続ける。

「目先のことばかりに囚われ、自分自身の存在意義さえ見出せないまま、不完全に成長してゆくんだよ・・・」

その瞳に私は写っていない。見えない何かに語りかけるように、呟く。

「ソレデモ、ヒトは進化する。大いなる意思が目指す、終着点を目指して、ね」

樹は、まるであの魔道師のように大きく手を広げ、夕日を仰ぐ。

「生まれる前から、組み込まれているプログラムさ。運命って言う名前のね」

ソコまで言って、樹は初めて私を見る。

瞳の中に、初めて私が写る。

「そして、”キミ”と僕がこうやって対峙しているのも、双子なのも、運命を受け入れたのも、すべて……プログラムさ」

樹が、私のことをまるで他人のように呼ぶ。

その姿は樹でありながら、何となくだが、樹ではないような気がした。

「キミは自分の意思で行動したつもりだろうが、それらは全て必然――そう、スフィアの意思にすぎない」

先ほどから樹は訳の分からないことばかり言っている。

しかし、その言葉には妙な説得力があり、私は何も言い返せずに居た。

「――お喋りが過ぎたね、もうそろそろ、始めようか」

途端に、樹がニコっと笑う。愛しさと、悲しさが入り混じったような、変な笑顔だった。

それが何を意味しているのかは、わからない。

「…樹、私はまだ貴方に聞きたいことがあるの……だからっ…」

だが、それも届かない。

樹は優しい目のまま、構える。自然体。しかし、同じ武術を習っている私にとって最も昵懇の型。

「ごめん、姉貴」

私には―――その笑顔が、別れの笑顔に見えた。

疾る。



勝負は呆気ないほど一瞬だった。

そもそも、私の能力と樹の能力では差があり過ぎるのである。

樹が大きく跳んだ瞬間、辺りのものを全てなぎ払い、隠れるものがない状態して、あとは樹を外に押し出せばよかっただけだ。

もう少しでこのビルは、崩壊するだろう。

付近では少しずつではあるが、崩れる気配。

しかし、私はその一瞬で、止まったままである。

樹に向かい、大きく手を出した状態。樹の前にある見えない壁をおしているような姿勢。

しかし、それは見るヒトが見れば、武術の姿勢だったと、気づくはずだ。

樹も樹で、夕焼けを背後に、逃げようともせず、ただ佇んでいるだけだ。

「………なんで…なの……」

私が心のそこから聞きたかったことは色々あったが、これだけ言うのが精一杯だった。

頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

何が樹を変えてしまったのか。そもそもの原因はなんなのか。

どうしてこういう結果になってしまったのか。

何故、これは偶然ではないといいきるのか。

しかし、樹は私の質問には答えず、ただ優しい顔で笑っているだけだ。

相変わらずの、笑顔で。

「どうして、私たちが戦わなきゃいけないの! ねぇ、チカラを持ってるから? それとも、これが運命だっていうの??」

一言喋ってしまえば、あとは疑問が次から次へと湧き上がってくる。

もう、自分ではどうしようもないのだ。

しかし、私の言葉には何も反応せず、ただ樹は待っている。

そう、待っている。

沈黙が、続く。

私はまともに樹を直視できず、ただ見当違いの方向を見つめていた。

見つめるのが怖かった。

正直なところ、これ以上樹とは対峙して居たくない。

と、すこし時間が経ってから、

「………姉貴は、なんも悪くねーよ」

と、樹がいつもの口調で言う。

はっとして顔を上げると、樹が自らの生命を絶つべく、境界線に立っていた。

風が……樹の服を揺らす。

先には夕焼け。

その光景はとても幻想的で―――

壊れやすそうだった。

「――っ、樹ぃっ」

イメージを構成するまもなく、樹の姿がすっと消える。

下で、何かが潰れる、醜い音が聞こえる。

駆け寄った私が見たものは、それはすでに樹とは見ようにも異なる肉塊だった。

辺りは一色、赤に染まり、その中心に辛うじて人間とわかる肉が、転がっていた。

それを見た瞬間、私はまるで呪縛から解き放たれるように、身体が自由になった気がした。

しかし、身体は崩れるように、その場に手をつく。

そのまま、涙する。

「――っ、―――っ、ぅっ……」

言葉にならない感情がこみ上げる。

私は嗚咽を漏らしながら、その場に崩れ落ちるように座り込む。

これが望んでいた結末?

これが、私がしていたことの結果?

いや、違う。こんなの、私は望んでいない。

コレは………私の意志ではないっ!!

「樹…どうしてよ…どうして…こんなことに…」

その嘆きは、空中に舞って、消える。

「樹ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ!!!!」

夕日は、既に沈もうとしていた。

終焉は、近い。

しかし、それも、私にとってはつかの間の休息、らしい。

「……任務とは言え、あーあ、凄く罪悪感……ごめんね、お姉ちゃん…」

と。

背後、行き成り気配が生まれる。

それまではまったく意識すら出来なかった気配が、表れる。

私はその気配の方向を、向く。

そこには、例の少年。

近くで見ると、意外に年を取っているのに気づく。

年齢はおそらく私と同じくらいだろうか。服装が凄く子どもみたいなので、年齢を誤っていた。

金色のピアスを耳にしている。両耳合わせて、5個。

短い髪はアッシュ色に染められており、目にはサングラスをかけている。

顔はすっと整っているのだが、髭を生やしているので私的にはそんなに好きに成れなそうな感じだ。

一言で言えば、不良なのだろうか。

だが、その気配に、私は唯の馬鹿を相手にしている感じはしなかった。

むしろ、感じていたのは”危険”。

「それにしても、駄目で使えない弟君だねー。俺の”ドール”にして、誘きだすのに折角使ってやったのにさ…自殺とは。あーあ、計算外」

男は芝居がかった感じで、手を顔の前にあて、『あーあ』といった感じを現す。

「…琴葉、強い弟君をもって幸せだろう? ボクの能力を一瞬でも外せる技能があったわけだから、ね」

ぞくりと、嫌な気配が趨る。

琴葉と、私を呼んだ不良少年は、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。

「あ、自己紹介をしておこう。俺の名前は御影 修治ってんだ。ま、能力者としては”修羅神”ってのが有名か?」

―――え?

私は、御影修治が言った言葉を理解できないまま、混乱する。

この男が――修羅神?

だとすると、樹は……。

……。

…。

「ま、自己紹介なんていらないわな。琴葉は今すぐ、俺の”ドール”になるんだから」

絶対的な自信の元、眼の前の男が告げる。

何かが、はじけた。

《省略》

「沈めぇぇぇっ!!!」

気づいたら、叫んでいた。

突如、付近の空間が軽く歪む。

問答無用の、全力使用。奥義で自重によって潰されていく全てのもの。

ソコあたりに転がっていた装置は全て拉げ、曲がり、壊れる。

広間に立っていた何本かの柱が、砕けるように歪む。

…ビルが、崩壊する。

頭が、熱い。しかし、無視する。

しかし、そんな中立っている御影修治、いや、修羅神。

「……くっ…おいおい、話し合いもできねーのかよ?」

笑う。

《改律、初期値へ》

《重力 減少》

ふと、私は背後にバックステップをするように、虚空へと飛び出す。

同時に。

「地獄へ、”落”ちろぉっ!!」

再度、展開。

しかし、今回の範囲はビル全体だ。

途端、ビル全体が歪むように崩壊を始める。

巻き上がる埃。そんな中、私は能力を弱めるつもりもない。

更に、強く―――。

それは数秒待たずに、完全に瓦礫の山と化す。

だが、まだ甘い。

私は更に強め、押しつぶす。

あの人間は、絶対に許さない。この世から、徹底的に抹殺してやる…。

だが…。

「はー、流石は琴葉の能力。すげー威力だわ」

今度も前と同様、行き成り気配が背後に表れる。

そちらのほうへと目を向けると、相変らずの修羅神。

――何時の、間に?

だが、次の瞬間、更に信じれないことが起きる。

「―――”欲しいな”」

背後、声が表れたかと思うと、私を抱きしめるように絡み付いてくる。

「なっ…」

流石の私も、これには驚く。

眼の前には修羅神が、”まだいる”のだから。

「お前は、イイ女、だな?」

背後、私を抱きしめている男は、私に囁く。

最高に、気持ち悪い。

そして、軽く耳朶を咀まれる。

―――嗚呼、最悪。

《改律、開始》《作用力 無限へ》《反作用力 零へ》《反発係数 1へ》

殴る。

私は思いっきり背後の人間を殴った。

「っ…っ!」

思いっきり、アニメのような飛ばされ方をする修羅神。

同時に、ムカツクので眼の前の笑っているやつも、有無を言わさず吹き飛ばす。

2人は、私を挟んで軽く半径20メートル以上は飛ばされる。

「……まったく、最低…」

私はポケットから携帯しているハンカチを取り出し、まだ微妙に気持ち悪い耳を拭く。

あー、最悪。

「…て、めっぇ…」

あ、生きてた。

殺すつもりで殴ったのだが、意外にタフだ。

しかし、流石にダメージが大きかったらしく、よろけながらコチラへ来る。

身体の服は所々弊れているし、ご自慢の顔は霽れているし。

あーあ、最悪の醜男の出来あがり。

「…生きてるの?」

「ち、くしょう…てめー、能力は、、一体なんだ…?」

「………」

「はぁ…だま、したな…」

「………」

冷たい視線を、送ってやる。

「くく、まあ、いいさ…テメーが、物理攻撃系の能力者だってんならな…こっちだって考えが…」

「五月蝿いな」

《改律、開始》《重力 マイナスへ》

「なぁっ!!?」

いきなり”空へと落ちてゆく”修羅神。

反重力よろしく、修羅神は恐らくビルの10階以上の高さまで一気に”落ちる”。

まあ、反重力加速度だしね。

そして、勿論ある程度言った時点で、能力を切ってやる。

いや、むしろ、

「腹腸を、ブチ撒けろ!」

発動。

今度は凄まじいスピードで落下を始める修羅神。

これも、私が生みだしたオリジナルの奥義。

「魔引く閻魔の腕<フリー・フォール>!!」

ま、そのままだけど。

だが、修羅神は諦めが悪かったらしい。

落下の直前、何かの能力を使って停止する。

さっき、ビルの中で使った「トールハンマー」を堪えた技だろう。

空中で停止したまま、怒ったような表情を浮かべる修羅神。

「…くくく、気が変わったぜ〜琴葉ぁっ! てめーはドールになんかしねー…じっくり嬲り殺してやるぜ…」

…空中、停止したまま悪態を付く修羅神。

――あー、もうこんな変態を相手にしたくなくなってきた。

それに…正直、私の能力の連発は避けるべきだ。

それに、対手の能力も、読めた。

おそらく、彼の能力は『能力を吸い取る能力』とでも言うのだろうか。

確認した能力は、最初の『Doll』とかいう能力。まあ、これはネクロマンス系統だろう。

沙耶華を、操った技だ。

そして、前ほどから使っている、私の「トールハンマー」に堪えた『停止する』能力。

まあ、もしかしたら『固定』なのかもしれない。だが、行き成りベクトルが零になっているから、そのどちらかだろう。

さらには、能力を『吸い取る』能力。さらには、今まで闘って来た『風』の能力もだろう。

そして、もう一つは不可解な『分身する』能力。もしかしたら『光』の能力なのかもしれない。

兎に角、一つだけはっきりしていることは、奴は樹を殺したということ。

それだけだ。

私は、私が持てる能力を最大に使い、巨大な”重力場”を発生させる。

私の究極奥義。私の脳細胞が、あまりのオーバーヒートに悲鳴を上げる。

頭痛などさっきからずっとなっている。しかし、私はそれを無視した。

精神が悲鳴を上げ、これ以上の使用を妨げようと精神に妨害(ジャミング)をかける。

うるさいうるさいうるさい!!!

「き、え、ろぉ!!」

「ぐぅっ…」

歪む空間に、顔を蹙める修羅神。

頭が、熱い。

前ほどから限界などとっくの昔に超えている。疲労感なんかとうの昔に通り越している。

今私を動かしているのは、”意思”のみ。

巨大な重力場の中、周りにある有りと有らゆる物体が集まってくる。

能力『『ブラック・ホール』』。

私が持てる最高の技。

重力を最大へと収束させ、引力を強める。

さらには強度を最低レベルにまで下げ、全ての加速度などの係数を増大させる。

結果、中心に居る人間に、周りのものが全て集まってくる形と成る。重力場の中で無限の加速度を受け、加速する物。

一つ一つがヒトを殺すだけの能力を有している。だが、それが無数。

瓦礫がこちらへと飛んでくる。私は、能力を弱めない。

私も多少の危険を感じるが、気にしない。

頭が灼ききれる寸前の鋭い痛みを発する。

無視。

ここで集中を跡切れさせる訳には行かない。おそらくこれを止めたら、私は殺される。

まあ、止めなくとも、死ぬかもしれないけど。

そんなの関係ない。

私は、目の前の漢を許せない。それだけだ。

「ぐああぁぁっ!!」

修羅神は中心でありと有らゆるものを”固定”させるものの、如何せん数が多い。

そのうち、小石があたり、先ほど崩したビルの”埃”が拭いてくる。

それは、無数のマシンガン。

修羅神は、衝撃を受け、そのまま潰れるようにして消え去る。

その最中、

「琴、葉ああぁぁぁぁーーーーーーーっっっ!!!!!!」

断末魔ともとれる声が、響き渡る。

だが、中心には最早何も残っていない。

…これが、修羅神の最後だった。

刹那。

私は頭に何かで刺し通されるような、刺激を感じる。

―――あ……ダメ、だ…

世界が黒く染まり、頭の波のように絶え間ない痛みのなか、私は墜ちていった。

私はこれで死ぬだろう。

おそらく、生きていても廃人だ。

だが、私はこれでいい。

――ごめんね、樹…

最後、誰にともなく、呟いた。

そこで、意識は完全に途切れたのだった。


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