長靴を履いた猫
- a psychological battle -
-2- 大変です、カラバ侯爵が水浴びをしている最中に泥棒に持ち物を取られてしまいました。
-3- 「……っつったって、ペロ。一体どうするっていうんだ?」 「まあ、私に考えがある。まずは、風評を立てることだな」 「……うわさ、か?」 「そうだ」 アレから一日が既に立っており、二人は国の中心的な町に出てきていた。 ペロは例のナイトの服装をあっさりと脱ぎ捨て、裸になった。 いや正直、猫の格好を”裸”だと思う人間はいないのだが、猫は猫なりにこだわりがあるらしかった。 猫の国にいるときはこんなこと死んでも出来ないと行っていたので、どうも、やはり猫でも『裸』は恥ずかしいらしい。 ともあれ。 ピエールはペロを抱きかかえるようにして持つと、街中をゆっくりと徘徊していた。 この国は基本的に農業などが盛んな町で、町の中心に市場にはどんなものも集まる。 それゆえ、多くの人間がつめかけ、絶えず賑わっているのだった。 「……それはいいんだが、ペロ、さっき踏まれた足は、大丈夫かよ……?」 「……気にするな。私の、不注意だ……ちなみに、すまんがまだ抱えていてくれると助かる」 いつにもなく弱気な声で答えるペロ。 その樣子に、少しだけ頬笑んで、ペロの背をばんばんと弾いた。 「ははは、やっぱペロは猫なんだな」 その言葉にむぅと言ってペロは黙る。図星らしい。 「……とにかく、風評と立てる。『近々、国王が内密にくる』とな。あの愚鈍な鬼とて、流石に他国との協定は大切にしたいはず。注意を外らすことができる」 「それはいいんだが、ペロ。もしそれが嘘だとばれたら、どうするんだ?」 「いや、”それが本当に”なるのだよ、ピエール」 「……?」 「ふふ、今は分らなくて良い。兎に角、この町中に風評をばらまくぞ。そうだな、まずはあそこの店に入ろうか……」
-4- 「……つ、疲れた……」 流石に一日中、町のあちこちに噂をばら撒きまくり、歩き付かれ、近くの宿屋に戻ってきたところだった。 あたりは既に夜。深夜という時間ではないが、あまり気軽に出歩く時間でもない。 「お疲れ樣だな、ピエール。ま、噂は明日か明後日には、鬼の下に届くだろう」 まったく一日を歩いて過ごしていないペロは、軽快な足取りでピエールの手から離れた。 そのままベッドに倒れこむようにして座るピエール。 「……で、どういうことなんだよ。”嘘が本当なる”とは……これが無駄骨だったら、流石に怒るぞ……」 「心配するなピエール」 部家の中心に立っているミニテーブルの上、くるりと起用に回って着地すると、ペロはにやりと嗤った。 ちなみにダレが見ているかわからないので、ペロはちゃんと四本足で猫らしく立っていた。 それを見下げるようにしてピエールは語りかける。 「心配するなって言ったってな……」 「あした、王都へ行くぞ」 「……は?」 一瞬の間。 ピエールは先ほど聞いた言葉を、理解しようとしていた。 「は?ではない。明日、王都へ直接赴き、国王の密偵を促す」 その気を知ってか、悪びれずに言ってのけるペロ。 「ちょ、ちょっとまて! 王都までどれくらいの道のりか、分って言ってるのか?!」 「馬車に乗れば、二三日には付くだろう?」 けろっと言ってのけるペロ。 その言葉にうなだれるピエール。 「馬車って……乗る金あるのかよ……」 「金? ああ、資金の話か? それなら、ここにあるだろう?」 そういうとペロは、ピエールの下げていた布の袋をひっくり返した。そして、そこからは何と金貨が3〜4枚、転げ落ちてきたのだった。 「い、いつの間に……」 「人間とは面白い。人間には警戒するだけして、猫にはまったく警戒しないのだからな」 そういうとペロはにやりと嘲った。
-5- その翌日、二人は(正確には一人と一匹。猫は料金に含まれない)王都へと馬車で向かっていた。 ピエールは生まれて初めて馬車に乗ったらしく、やたらと興奮していたが、ペロはその樣子をつまらなさそうに見ているだけだった。 御者がいるのでペロも迂闊に”話せ”ないため、基本的に車内でピエールを止めるものは入なかった。 そのまま、王都へ二人は到着する。 「おお、これが王都かー」 二人は、ピエールのいる国とは比べ物にならないくらい栄えた町を目の前にして、佇んでいた。 もっとも、はしゃいでいるのはピエール一人で、もう一匹は侮蔑の視線を向けているだけなのだが。 「……はしゃぎすぎた、ピエール……威風堂々としていないと、謁見することすらできないぞ?」 「……そう、だったな……俺、今から王様と会うんだったな……」 一瞬で元気が無くなるピエール。 それはそうだろう、今まで、王は愚か、貴族の者とすらあったことの無いようなピエールだ。 叔父さんが厳格な人だったので一応”外行き”の顔は以っているものの、それはあくまで”外行き”だ。 「王様に会うなら、それこそ、何か献上物が必要だろう? そこは、大丈夫なのか?」 「心配するな。こちらにもちゃんと策がある。そういうことでな、ピエール。今日一日、別行動をしたいとおもうが、どうだろうか?」 「……あんまり無茶しないでくれよ……なら、俺は適当に歩いて、それから宿屋に戻るよ。ペロは?」 「問題ない。明日、この時間に、ここで会おう」 「……わかった、じゃあな」 そして、二人は分れた。
-6- 最初にペロが向かった場所は、王国の一室だった。 兵士らの隙を付いて場内に入り込むと、そのまま場内の”控え室”へと向かう。 廊下を兵士に見つからないように歩き、とある一室へと入り込む。 そこには、一人の女性が、化粧台の上にいた。 「……もし、そこのミス?」 ペロは猫の格好のまま、話しかけた。 その声に振り向き、一瞬中を仰いだが、すぐにペロを見つけえた。 「……お、お前は……」 「ペロと申す。あの時は名乗る前に私を殺そうとしてくれて、どうもありがとう」 がたりと、化粧台の椅子を蹴り飛ばし、女はペロへと向かう。しかし、いとも簡単に女を躱すと、ペロは化粧台の上にちょこんと乗った。 「く、この悪魔の使いめ!! 早く私の部屋から出て行けっ!!」 「ふっ、悪魔とはあんまりではありませんか? 私はこれでも、由緒正しき猫の王国の、騎士団長だったのですが」 「知らないわよっ!」 徐に近く似合った手のひらサイズの花瓶を投げつける女。それをひらりと躱すと、化粧品台の上が目茶苦茶になった。 五月蝿い音が部屋中にこだまり、化粧品独特の匂いが室内に立ち込める。 破れたガラスはあたりに飛び散り、いたる処がガラスの破片だらけになった。 「さて。そこのヒステリーのミス。貴方には、ここで死んでいただくことにしましょう。なぁに、死体は出ません。私の使い魔が、残らず食べてくれますからね?」 「こ、この悪魔!! わ、私を殺してどうすんだよっ?!」 「……はぁ、まったく、化粧で誤魔化した化粧と言うのは、こうも簡単に剥れるのだろうか、あなたに協力を仰がずに正解でしたね?」 「ふ、フザケんなっ!!」 「では、さようなら、貴方が苦心して集めたその献上物は、ピエールのために費わせていただくことに、致します」 「ピ、ピエール?! て、てめぇは一体……」 「あなたは知るよしもないことです。何、貴方の犠牲は王国代々、私めが語りついで差し上げますから、ね」 そういうと、猫は自慢の跳躍力で一気に女の下へと飛び込むと、女の首におもむろに爪を立てた。
-7- 次にペロが向かったのは、その隣の部屋だった。 兵士に見つからないように細心の注意を払い、部家に入り込む。 そこにいたのは一人の男。控え室にあったお酒を、片っ端から飲んでいるところだった。 「……もし、そこのミスター?」 「……あ?」 男がゆっくりとこちらを振り向く。 「お久しぶりですね、あの時はどうも、私をすぐに売り飛ばそうとしてくださいまして、どうもありがとうございました」 「? あぁっ、あのときの素頓狂な猫じゃねーか????! かっ、最高だぜー。珍しい献上物が、イッコ増えやがった!!!」 「残念ながら、私は貴方の献上物になるつもりも、素頓狂なつもりもございません」 ペロはあくまでも冷靜に、しかし細心の注意を払ったまま、男を睨みつける。 男は酒瓶を片手に持ち、ゆらりと、立ち上がった。脱ぎ散乱した服を蹴り飛ばしながら、こっちへと迫ってくる。 「け、減らず口の猫だな。ま、そこが珍しいんだけどよぉっ!」 男は徐に猫に飛び掛ってくる。流石は男、動作が早く、ペロは間一髪でしっぽを掴まれてしまった。 「へへ、捕まえたぜ〜クソ猫!」 「……痛い、ですね……まったく、礼儀がなっていない……」 「へ、礼儀もクソも―――」 その言葉の途中、男の声は途絶えた。 猫の爪が、男の眼球に深々と、食い込んでいた。 「ぎ、ぎぎぎ……―――っっ!!」 流石の激痛に男は左目を圧さえようとしたとき、さらに追撃として、喉に爪を付きたてる。 「おっと、叫ばないで下さいよ? 人間を殺すのは、あまり好きじゃないのでね?」 「〜〜〜っ!!!」 「さようなら、あなたの献上物は、ありがたくピエール様が費わせていただきますから」 「―――っ!!」 そこまで喋ると、ペロはおもむろに突き刺していた爪を、引っこ抜いた。
-8- 次の日の朝。 「やぁやぁ、ピエール様、お待ちしておりましたよ」 「……なんだ、朝から、気持ち悪いな、ペロ……何かあったのか?」 「いえ、特には何も? それでは、とりあえず、この服に着替えてください」 ペロはそういうと、近くの茂みの中に案内し、そこにある貴族用の服を指差した。 「……こんな高価な服、一体どこから……?」 「まぁまぁ。そして、次はこの香水をつけてください」 服を身に付け終わったピエールはペロから案内されるままに森の中に入って行く。 そこには、数々の香水が列んでいた。 「……こんな高価な香水も、一体……」 「ふふ、結構お似合いですよ? やはり、あなたには資質がおありだ」 香水をつけ終わると、ピエールは再び町の方向へと歩いていく。 その町ではピエールを見ると全ての人が振り返り、そしてそのままうっとりとした視線で見ていた。 「……なぁ、ペロ。このまま王様に会うのか?」 「ええ、勿論。あ、そうだ、それから、貴方の名前は、これからタラバ公爵様と、お名乗りください」 「……タラバ公爵様、か……」 「様は余計です」 「……わかってるよ」 「ええ、そして城門に付いたら兵士にこう云えばいいのです。『品物だけ先に部家の中に入れているから取ってきてくれ』とね」 「……本当に、それでいいのか?」 「ええ、問題ありません、何かあれば、私が耳打ちしたとおりに喋ってください。それで、全て上手くいきます」 「……わかったよ、乗りかかった船だ、最後までついていくさ、それに兄貴と姉貴にも、まだ死んで欲しくないしな」 ははは、と軽快というか、半ば自棄に笑うピエール。 「……」 その言葉に、ペロは何も答えなかった。 そのまま、ピエールは城門へと、歩いていった。
-9- 門についてピエールは、自らがタラバ公爵だと名乗り、ペロに教えてもらった通りのことを言うと、場内に丁重に案内された。 そのまま王様の謁見室へと入り、何が何だかわからないまま、王様に挨拶を述べた。 勿論、ペロが片耳で耳打ちするままに、である。 「おお、おお、タラバ公爵殿。本日はあのような大量の貢ぎ物、誠、ありがたく存じ上げますぞ」 「……はぁ……」 『話を会わせて下さいね』 ペロがひっそりと耳打ちする。一瞬ペロを睨むようにしてみるが、再び、顔を下げる。 「まこと有名な品々ばかり。わしもこの国の王を長年しておりますが、あのような献上物は、まことに初めてですぞ。して、どこの国から?」 「え……その、隣…じゃない、隣国の小国でございます」 『……隣国の小国では意味がわかりません』 ペロのツッコミ。しかし、今度はそれに応える精神的余裕はなかった。 「はて、隣には、鬼族の治めている国しかないはずですが?」 「はい、その国でございます、国王様」 『そして、今は私の国でございます』 「……そして、今は……私めの国でございます……」 『ちなみに私は鬼でございます』『それは無理!!』『ちぇっ』 「なんとっ!!! ほうほう、あの鬼族を倒すとは……さぞ、強いのでございますな……感激いたしました!」 がははは、と豪快に笑う王。 しかし、それは”汚い”とか”ジジ臭い”などといった樣子は皆無。どちからというと、威厳やプレッシャーの類が優っているようだった。 流石は王、とピエールは内心漏らす。 「そ、それほど……でも……国王、今度ですね、ご内密に、私めの国にご招待したいと存知あげるのですが、いかがでしょう?」 そこで初めて、ピエールが自らの意思で、喋り出す。 勿論、ペロはそれを止められるはずもなく、ただ見ていた。 「ほう? して、それは……」 「私めの国は小国ではありますが、強大な農村、そして豊富な資源がございます、協定を結ばれることは、国王様にとっても、益になりこそすれ、害にはならないと自負しております」 『……』 「そして、どうでしょうか、今度は王女様もお連れになってきては? 盛大に迎えさせましょう」 「……ふむ、なるほど、ただの田舎ものじゃないということじゃな?」 いままでの朗らかな表情とはうってかわって、ニヤリと不敵に嘲う、国王。 その樣子に、ピエールはおろか、当たりの兵士までびくり、と震えた。 国王の、圧力。 「……そう、自負しております」 「……わははははっっ、、面白いっ! ……気に入ったぞ、タラバ公爵とやら。小国を自負しておきながら、わしに協定を結べ、さらに娘をよこせとは、中々あっぱれじゃ!」 「出すぎた真似だとは自負しております……」 「いや、そのような豪快な男が気に入ったのじゃ!! そうじゃな、どうじゃろう、タラバ公爵よ。わしと共に、王城へと赴くというのは?」 「は? しかし、それではお迎えする準備が……」 流石に、焦るピエール。 自ら言い出したこととはいえ、それは半ば、”勘”にしか過ぎなかったのだから、ペロの計画に添っているかは、わかりかねる。 しかし、ペロはそこでも何も言わない。 「使者をいかせるがいい。タラバ公爵殿は、しばし、我が国で待すとしよう。それでは、不滿かね?」 『私がなんとかします。その提案は、飲んだ方が良い。では』 ぴょんっと、ピエールの下から降り立ったペロは、そのまま全速力で王国を出て行ってしまった。 「……わかりました、国王。私めが、ご案内させていただきます……」 ピエールは内心不安を抱えてはいたが、顔は不敵に笑ったのだった。
-10- その夜。 国への使者を殺し、その内容の文章を山の中で燃やしながら、ペロは空を見上げていた。 「最初はただ躍っているだけのヤツだと思ったが、流石は、あのじじぃの子ども、ということか……」 ペロは一瞬だけ目を閉じると、再び国の方角へと、全力で走り始めた。
|