長靴を履いた猫

- a psychological battle -

  

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「カラバ侯爵」はその申し出を受けてその日のうちに姫と結婚し、猫も貴族となって遊びでしか鼠を捕まえなくなった

 

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「……今宵は月が、きれいだとは思いませんか? タラバ公爵殿?」

「逃げなかったのはどうして、でしょうかね、鬼殿?」

それから、すぐに。

タラバ公爵は緊急事態と称して城中の兵士をより集め、鬼を討伐するために部隊を編成した。

それからすぐに、鬼が大広間にいるとの報告を受け、そこで鬼を包囲したところだった。

鬼は玉座の上で、包囲されても特に焦る風もなく、窓から空を眺めていた。

「私の名を知らないか、私の名はキーリと言う。ま、普段は『陛下』で通っていたがね?」

「ならばキーリ。王女様はどこだ?」

「ここに、いるではないか?」

キーリは窓から初めて首をそらし、玉座の横を刺す。

そしてそこには、気を失っているのであろうか、手足を十字に拘束された王女が、いた。

兵士の中からどよめきとも、怒号ともつかない声が出る。

全員、限界だった。

「キーリ、貴樣には、今一度、滅んでもらおう……」

「出来たらの、話だがな?」

 

 

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その戦闘は、圧倒的だった。

いや、それはむしろ”戦闘”とすら呼べるのかどうかすらわからないほど、圧倒的に”攻撃”だった。

鬼の力はすさまじく、兵士の剣は鬼に傷ひとつすらつけずに弾かれる。

ピエールはというと、普通の兵士以下の力であるので歯がたつはずがない。

鬼の拳を一撃受けただけで、城の壁まで吹き飛ばされ、そのショックで数秒間、気絶していた。

そして同時に、その”数秒間”のウチに、勝負は決まっていた。

再びピエールが瞳を開けたとき、そこに写ったのは目前に迫った鬼。

軽々と片手で持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。

石を持ち上げ人に弾き付けるのと同じ要領で、人間を石に叩きつけても相対的に速度は同じ。

よって、ピエールの額は割れ、とめどなく鮮血が溢れ出て来る。

「〜〜っ!!」

痛さに悶絶する暇もなく、今度はおもむろに腹のど真ん中にケリを食らい吹き飛ぶ。

……そこまでいって、王女が目覚めた。

「ピ、ピエール様っ??!!」

王女の声が、場内の大広間に、こだまする。

鬼はその声を介した樣子もなく、ピエールを高々と持ち上げると、投げつけた。

ピエールはなす術もなく、床に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「……ピエール、と言うのですか、この若者は。やれやれ、まったくもって竜頭蛇尾、とんだ勘違いでしたね?」

「いや、いやぁ……ぁぁ、ピエール……」

ピエールの死体を目の前にして泣き崩れる王女。

それを再び持ち上げる鬼。

「やめて、それ以上は……お願い、します……」

「……ぅ……ぐぁ……」

わずかに聞き取れるピエールの喘ぎ声。王女はその声を聞き、ピエールがまだ生きていることを知る。

「ほぅ? 生命力だけはあるようだ。なに、今すぐ殺して差し上げましょう。私はこう見えても、激怒しているのですよ?」

「な、何を……する気、ですか……?」

「? 何を、とは? いや、この馬鹿ものめを、国民の真ん中で殺して差し上げようか、と。さしずめ公開処刑ですよ、王女様?」

「や、やめて……下さい、そのようなことしても、何の得にもなりませんっ!」

「得? おやおや、随分と変なことを仰る……。元々この国は私の国。私の国を乗っ取ろうとした愚か者を処刑するのは、当然でしょう?」

「そ、それなら、私も平に殺しなさいっ!! ピエール様と、一緒にっっ!!」

「あははは、心意気だけは見事だと言っておきましょうか、王女。しかし、貴方には生きていてもらいましょう。何せ”国王は騷ぎに乗じて一人だけ城を出て行ってしまわれた”ので、貴方までいなくなられては、困るのですよ?」

「お……お父様が……?」

「ええ、なんとも賢い御方だ。いや、もしかしたら助言したのは従者かもしれませんが……。国王は、貴方を見返りに、私に大して何でもして下さるでしょう」

「ひ、卑怯者……っ」

「ソレをいうなら私の”留守”に、城を堂々と騙し取ったこの汚い愚息に言うべきでしょうね? まったく、この人間は身の程も知らずに―――」

鬼が再び、ピエールを高く持ち上げ、そして叩きつけようとした瞬間―――

 

「……その御方を殺せば、私も死にましょう。その御方を今殺さないので下さるのなら、私は、貴方と、籍を入れます」

 

鬼の動きが、ぴくりと止まる。

「……私と籍を納れることができれば、あなたは正式に王位の”後継者”となることが出来る……。そんな汚い手を使わずとも、王国の覇権を全て手に入れることができます」

「……随分と、自らを棄てた、取り引きですな、王女?」

ゆっくりと、鬼はピエールを床に下ろす。

そして、くるりとそのまま、王女へと向き直った。

「しかし、その後、私の下へ、”使徒”がこないという保証は? 今時間を稼ぐだけでも貴方はいいと判断したのではないという証拠は?」

「使徒派遣の権限は、暗殺には使えません。使えば、王位は失われます。則ち貴方に王位がまわってくる。私は第一子、貴方に権限が巡ってくるのは、必至です」

「……それで?」

「―――貴方のその強さをもってすれば、使徒など、動作もないことではありませんか? キール様」

鬼はそこまで聞くと、ふふふ、と低く笑いを漏らすと、王女の下へ寄り、

 

―――無理矢理、キスをした。

 

王女はそれを避ける樣子もなく、受け入れる。固く、眼を瞑ったままで。

「……対した、度胸と、そして愛だ、まったくもって恐れ入る。貴方は、おそらくこの場で一番、”強い”人間なのでしょう」

「……身は貴方に捧げましょう。しかし、貴方に心までは捧げるつもりはありません」

「それで結構。私は欲しいのは、覇権、ですので。勿論、跡嗣ぎも、ですがね?」

そういうと王女の鎖を釈き、王女を強く抱いた。

「……我が、寝室へ案内しましょう、王女?」

「……」

その言葉に背く樣子もなく、ピエールを一瞥もしないまま、王女は部屋を後にした。

 

 

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「……ぁ……ここ、は?」

「応急の緊急介護室ですよ、ピエール」

ピエールは、眼を覚ました。

当たりを窺い、自らの身体を確かめる。

ベッドに寝ているとわかったピエールは、身を起こそうとするが、激痛のため、再びベッドに没んだ。

「……鬼は、どうしたのは? 何故、私は生きている?」

「……王女の、王女様の、お陰です。王女様の人身御供と引き換えに、貴方方は生命を得ました」

「……な、んだとっ」

全身に力をいれ、無理矢理起き上がるピエール。

あたりは未だ夜。しかし、暁方が近いらしく、空は白ずんでいる。

横に立っているペロは、いつしか見たナイトの格好のまま、ピエールを見上げた形となる。

「……王女様は、王女様はどこだ、ペロ」

「今は我慢です、ピエール。今すぐにでも動きたいのはやまやまでしょうが、今の貴方には何もできないっ」

「王女はどこだと、聞いているっ!」

一瞬の沈默。ペロの逡巡。これ以上は無理だと判断したのか、ペロは嘆息すると、再びピエールを見上げた。

「鬼の、寝室です―――」

「〜〜っっ!!!!!」

三度、無理矢理身体を動かそうとするピエール。身体に激痛が走り、床に倒れこむ。

それと同時に胃の中の物を、ぶちまけた。

「五体満足ですら敵わない相手に、挑もうと? 貴方は今、体中の骨が骨折し、血液を大量に失い、動ける状態ではない。歩ける状態ですら、ないのですよ?」

「わかっているさ、そんなこと。しかし、ペロよ。私はいかねばならない」

「……ピエール、本気、なのですね?」

「ああ、本気だとも。何故に”倒した”鬼が復活したのかも、どうして王女を攫ったのかも今は聞かないことにする。しかし、王女様のことだけは―――」

「……ピエール、あの鬼の強さを見ましたか?」

いきなり、ペロのトーンが軽くなる。完全に諦観した感じの雰囲気。

その調子に、すこしピエールは面喰らったような顔をしてペロを見た。

「あの鬼には、秘密があるのですよ、私が鬼を”倒した”と言っていたのも、そこに理由があります」

「どういう……ことだ?」

「あの身体は、元はと言えば、人間です。言ってしまえば、鬼の本体は別のところにある、のです」

「……?」

「私は鬼を倒した際も、”本体”をネズミにすることで、私が消滅させ、『憑代』を消滅させることによって、”復活”を阻止したのです。しかし―――迂闊でした、まさか、場内に部下を潜ませていようとは……」

「ペロ、前置きはいい。早く、本題を……」

「胸の髑髏、あれこそが鬼の”正体”です。身体は元々人間の身体。それに鬼の意識が入り込んでいるだけ。ですから、貴方は鬼の”髑髏”を奪い、破壊してください」

「……なるほど、髑髏が、鬼の心臓、というわけだ」

「しかし、です。鬼も馬鹿ではない、おそらく、最大限の力を持って、髑髏の奪取を阻止しに来ます」

「ペロ、先ほども言ったが、前置きが長いぞ……私に、どうしろというのだ?」

「……死ぬかも、しれませんよ?」

「ああ、さあ、俺に出来ることを―――」

 

-18-

鬼は、寝室の中にいた。

ベッドには王女が裸体のまま、何も隠すところなどなく、寝ている。

鬼はただ、その樣子を眺めていた。

「……さて、お楽しみは終わりましたか、キール伯爵?」

ふと、気配に振り向き、鬼はそこにいるペロを見た。

「貴樣……あのときの……っっ!!」

一気に頭に血が上り、激情する鬼。しかし、それを受けてもペロは平然とヒゲを触りながら、

「また、黄泉の国から、殺されに来ましたか?」

悪びれず、言い放った。

「お、のれぇ……貴樣、八つ裂きにしてくれるわっ!!」

一瞬の間にペロの前まで移動し、おもむろに拳を振り上げる鬼。

しかし、ペロは手元の剣を一瞬のうちに抜き、ほぼ同時に鬼の前に掲げた。

鬼の拳が、止まった。

「……キール伯爵、あなたを、再び殺します」

「……面白い、先ほどは後手を取ったが、あの手にはもう乗らぬぞ? ”過去の騎士の栄光<オリジナルグローリー>”っ!」

大きく、衝撃。

それこそ、城をも搖るがすのではないかというほどの、衝撃。

ペロはその拳を剣で裁き、鬼の身体に10回ほど、切り付ける。

鬼の身体がずたずたに裂けるが、それのすべてが一瞬にして再生した。

「……姫さまが目覚めないのは、そういうわけですか、キール伯爵。まさか”吸った”わけではないでしょうね?」

「中途半端に吸って、今死なれては困るからな……食事は、まだ取っていない。どうだ、安心したか、騎士よ!」

三度、衝撃。

床を抜き、天井からレンガが落ちてくる。

ペロは今度はそれをさばくことなく、思いっきり後方に駆け出した。四本足で。

「逃げるのか、騎士よ!」

「愚か。姫に死なれてはならないという理由で、貴樣の全力を出せないような場所から、移動するだけですよ、伯爵」

「ふふ、いい、度胸だ―――」

鬼もその後を追う。

追撃をしながら、鬼はことごとく通ったところを破壊していく。

その姿、方にバーサーカー。しかし、ペロはそんなのお構いなしに、ぴょんぴょんと身軽に、ドンドンと階上へと進んで行く。

「……ここで、いいでしょう?」

ふと、二人とも走ったところで、大きな広場に出た。

そこは、二人で戦うにはあまりにも広すぎる場所だった。

窓は数える程しかなく、大きく開けた空間に、鬼と、ペロが対峙した。

「ほう、中々の場所だ。貴樣の墓表には、些か味気ないきもするがな、騎士―――」

鬼が、一歩ペロに迫る。

そこで、ペロはにやりと、哂った。

「―――キール、この塔はな、”朝日の塔”と呼ばれているのだ……」

第三者の声。キールがそちらを、振り向く。

そこには、全身血だらけの、ピエールが立っていた。

ピエールは、鬼の事など構いもせず、話続ける。

「何故、朝日の塔と呼ばれるか分るか?」

「ふん、折角拾った命。大切にすればいいものを」

「……それは、この国の中で一番高いこの塔が、一番最初に”朝日”を浴びて光輝くからだ……」

途中、何回も死にそうな息を吐きながら、何とかという感じで言葉を績ぐピエール。

「……死にぞこないが……」

鬼が、今度はピエールに対って、一歩を踏み出す。

「故に、朝日の塔。我が曽祖父が、自らの最高峰の建築技術を持って建てた、この国の、象徴だ」

「まあ、いい。王女には、貴樣は国を無事去ったと、そう言うさ。真偽の確かめようは、ないからな〜」

「そして同時に、この朝日の塔が崩壊するとき、それは国の終わりと、された―――」

ピエールはそこまで言うと、鬼を真剣な顔をして、睨んだ。

「……鬼よ、貴樣の弱点はペロから聞いている。その髑髏、日の光の元にさらせば、魔力が果て、消え果るらしいな?」

「……よく、知っているな?」

ぱぁっと、朝日の塔の全ての窓から、今すぐに昇った光が、部屋の中を、照らす。

天井に掲げられたステンドグラスに太陽の光が入り込み、キレイなイルミネーションを作り出す。

全ての窓から朝日が差し込み、部屋の中を照らす。

”しかしそれでも、鬼は立っていた”。

「……」

「……」

しばし、無言のペロとピエール。しばらくの沈黙の後、鬼はひくく、くぐもった笑いを上げた。

「くくく……なるほど、貴様らはなかなか賢かったぞ、ピエール。確かに、この髑髏、私の命。しかしね、髑髏を日にかざしただけでは不十分なのだよ?」

「……」

無言のまま、鬼を睨め付けるピエール。

「”私が持っている限り”においては、ね?」

「―――”そう、その確信が欲しかった”」

言い放ったのは、ピエール。

同時にピエールは、塔の一番奥にあった”玉”を、力の限り殴りつけ、壊す。

次の、刹那。

「―――なっっ!!!」

驚いたのは、鬼だった。

ぐらり、と床が揺れたかと思うと、塔が、ことごとく崩壊を始めたのだ。

天井が崩れ、床が崩れ、そして、そのまま、自由落下していくだけの、鬼。

「―――曽祖父はこう、私達にいいつけたそうです。王国の終わる時は、この塔とともに、国を終焉させるべし、と」

「―――貴樣っっ!!!」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、完全に塔は土台を失い、そして、二人と一匹は、成す術もなく空中へと、投げ出された。

しかし、その落下の中、ペロは一瞬で刀を抜き放ち、鬼の下へと、飛んだ。

一線。

「……猫は、空中でも、動けるのですよ?」

「な……」

そのペロの手には、しっかりと髑髏が握られている。

「その髑髏は鬼の手を離れれば―――」

「き、貴樣らぁぁぁぁーーーーーっっ!!!」

鬼の断末魔と共に、鬼は、一瞬のうちに、微塵となって、碎け散った。

髑髏はまるで砂粒のように崩壊し、やがて、その”鬼”だった身体の一部が、大きい鳥にかわり、二人を受け止めた。

「……ペロ……生きてるか?」

「はい、タラバ公爵様」

”鳥”はゆっくりと地面へと降り立ち、そして二人を下ろすと、まるで幻想かなにかのように、ボケて消えてしまった。

二人は塔の下に倒れこむようにして座ると、お互いを見合わせた。

「……終わった、か?」

「ええ、これで終い、です」

朝日が、段々と国を照らし始める。

新しい朝の、始まりだった。

「……そう、か―――」

その言葉を聞くと、ピエールは地面に倒れこんだまま、動かなくなった。

 

 

-00-

「なあ、ペロ、一つ聞いて良いか?」

「はい? 何ですか、王」

「何故あの時、鬼をさっさと殺してしまわなかったのだ?」

「ああ、そのことですか」

ペロは先ほど捕まえたネズミをじりじりといたぶりながら悪ぶりもなく応えたのだった。

 

「いえ、何かの時に、使えるかなっと思って」

ペロは捕まえていたネズミを話すと、ピエールに向き直って、最初の時のようにふてぶてしく、にやりと哂ったのだった。

 

 

 

――――――he became a <<KING>>.

 

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