長靴を履いた猫

- a psychological battle -

  

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ここは誰の土地かと聞かれたら、『カラバ侯爵様の土地です』と言え。でないと、細切れにされてしまうぞ?

 

 

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「……タラバ公爵、様?」

「……ん? ああ、申し訳ありません、姫君。少し、ぼうっとしておりました」

搖れる馬車の中、タラバ公爵ことピエールと、王国の姫君、そして国王は向かい合うように座っていた。

「わははは、タラバ公爵殿、小国ではありますが、まことに資源が豊じゃ。どこまでが、タラバ公爵殿の領地なのですかな?」

『……ペロを、信じるしかないか……』

内心そういいきかすと、タラバ公爵は内心の不安とは真逆に、不敵に笑うと、国王に言った。

「さぁ、正直わかりませぬ。なんせ、領地が広すぎて、イチイチどこが私めの領地などと、覚えることができましょうか?」

「わはははは、流石はタラバ公爵殿。では、おい、従者」

「はっ、何でありましょうか、国王!」

馬車の横に、護衛の爲についてきている甲冑をまとった従者が、直立不動で応える。

「そこの農民に『ここはダレの土地かと』聞いて来い」

「はっ!」

甲冑の従者は形式の例をすると、くるりと後ろ向きに面き変わると、近くの農民に尋ねた。

「おい、そこの農民。ここは、ダレの土地だ?」

聞かれた農民は一瞬びくりと、甲冑姿の兵士におびえたような表情を見せると、

「た、タラバ公爵様の土地ですじゃー」

と言った。

「わはははは、流石はタラバ公爵殿!! ここあたり全部タラバ公爵殿の土地なのか」

「……らしい、ですね……」

内心、一番ピエールが驚いていた。

馬車はそのまま、国の城へと、向かっていく。

 

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城につくと、国王は盛大に迎えられることになる。

城の従者という従者が歓迎し、壮大なパレードとなった。

門を潜り城門の中に入っても、拍手は止むことなく、それから一日中あたりはお祭り騒ぎが続いたのだった。

ピエールは国王と応接間に案内するように近くのメイドに言い残すと、全力でペロを捜した。

「ペロ!! どうなっているんだ、人食い鬼は??!」

城の端っこで戯れていたペロを見つけ出し、開口一番そう聞いた。

「まぁまぁ、タラバ公爵様? 鬼は、私めが倒しました。今、この国は王都の親和条約を結んだ貴方のためにパレードをしているところです」

「鬼を倒した……? お前がか……。では、土地の所有権の話は?」

「私めがちょっと脅しまわりました。まぁ、国王の馬車が通るルートはわかっていたので、少しの金を積むだけで、大人しくなりました」

「……そうか、感謝する」

「そちらはどうなっているのですか?」

「ああ、どうも、国王もこの土地を気に入ってくれたらしい。王女様とも、お近づきになれたよ」

「はははは、貴方様の、やるときはやるのですね。ヘマしているのではないかと、ヒヤヒヤしていましたよ?」

「はは、しそうで大変だったがな……それと、ペロよ。私は、どうも、王女を本気で愛してしまったらしい……」

ぴくりと、ひげをぴんと立て、ペロがピエールの方を向いた。その眼は、真剣だった。

「……私は、真実を話そうと思う」

「……私のことも、ですか?」

「……」

しばしの沈默。それを破ったのは、ペロだった。

「……お好きに。どっちにしても、この土地は貴方のものだし、国の国王なのはいまや”本当”ですから、逆に『本当』が”嘘”になりますがね?」

「お前の言うことはわかる。だが、愛した人に隠し立ては、出来ないのだ……」

「はは、そういうところではお人よし、なのですね……ピエールは。ま、いいでしょう。私の追手も、流石にこの城の中までは入って来れません」

「……すまぬ、ペロ」

「……早く行ってあげてください、待っているのでしょう?」

「ああ、恩に着る」

そういうと、ピエールは全速力で今度は応接間へと戻って行った。

ピエールが王女の下へとたどり着く頃、部屋の中に、ペロはどこにもなかった。

 

 

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その、夜の話。

パーティーは本当に三日三晩続いていた。

ピエールにすれば、彼はそういう政治やら、実際の圧税に耐えていた訳ではないのであまり感慨は深くなかったのだが。

……この国の人々にとってすれば、本当に鬼の支配からの解放、そして隣国との協和となれば、”自由”さながら、ということらしい。

城下のお祭り騒ぎは深夜まで続き、朝になると今度は朝らしくお目覚めの音と共に音楽がなり始める。

それが、ここではかれこれ二日続いていた。

ピエールはその間、玉座に座ることを余儀なくされ、昼間は王女や王様の相手をしていたので、ペロがいなくなっていることには気付く余地もなかったのだが。

多くの商人が、城を訪れた。そして献上物を、昔のピエールのように、献上するが、ピエールはそれを断わった。

多くの者が『なんとも感慨深き王っ』と言ってピエールを褒め称えたが、正直自分が何もしていないのに貢ぎ物を貰う気にはなれなかった。

その樣子を見て、さらに国王はタラバ公爵のことを気に入るのだったが。

「……タラバ公爵様?」

「……うん?」

……自分ながら間抜けな声を上げたとピエールは実感し、一旦視線を城下に戻した。

そして再び、”自らの部屋のテラスに一緒にいる”、王女を見る。

ピエールはその王女の姿に一瞬見とれ、そして次の瞬間再び我に返ったように慌てた。

その樣子を見て、王女は少し頬笑むようにして目を細める。

「一体、何を考えてらっしゃったのですか、タラバ公爵様?」

「……いや、なんでもない、なんでもなくは無いが……やはり、なんでもないのでしょう」

えらく混乱しているような樣子のピエールをすこし不信がるように小首をかしげる王女。

その樣子を見て、さらにピエールは慌てた。

「……王女様」

「ステラと、申します」

「……ステラ……様」

「ふふ、はい」

完全に上がりながらもピエールは何とか言葉を績ぐ。

何を言ったら良いのかわからないが、何かを言わなければいけないことは分っており、それがさらに彼を焦らせていた。

「えっと、その、何からお話しましょうか……」

「あら、御伽噺ですの?」

ふふっと、ふんわり、優雅に笑いながらピエールを眺める王女。

「いえ、私のことです」

「タラバ公爵様の?」

「……私の名前は、ピエールと、申します」

「……ピエール、様……」

「はい……そう、ですね、何から話したものか……実は、私はこの国の王ではないのです……」

「……? あの、仰っている意味が、わかりかねるのですが?」

王女が、流石の言葉に怪訝そうな顔をして、ピエールを見た。

ピエールはそれから、猫、ペロとの出会い、そしえそれからの流を大まかに王女に話した。

王女はその間も、いっさいの言葉を発さず、真剣にその話を聞いていた。

「……と、いうわけなのです。ですから、私のこの城は私のものではないし、私も三日前までは統治者でもなんでもなかったのです、失望、されましたか?」

「いえ?」

しかし、王女はその話を聞いても、嫌な顔はひとつせず、にこりと微笑んだ。

「……私は、そんなのどうでも良いとおもいます。お父様の政治的思惑も、私には興味がありませんわ。私が、こうして側に居たいと思える殿方は……」

一瞬、王女は間を置いて、

「嘘がつけない、そんな、ピエール様だけですわ」

極上の笑みと共に、そんな台詞を、どうどうとピエールへと、述べた。

「……」

その笑みを見て、ピエールは何もいえないまま、ただ、固まっていた。ただ、目の前の王女を見て、それで、何もいえないまま、默っていた。

「……あの、ピエール様?」

「……ありがとう、ございます、その、私は―――」

ピエールが、何かを言おうとした。

城下は相変わらず賑わっている。

空の満点の星、閑かに静まり返っている場内。そして―――

 

風が、吹いた。

 

「……え?」

反応、できるはずがなかったのだ。

ピエールは目の前の王女が”タダ消えて行くのを”見ているしかなかった。

そして、一瞬のうちに、王女が、消えて、なくなった。

「ピエールっっ!!!」

そこに殴りこむようにして入ってきたのは、そう、一匹の猫、ペロだった。

「ピエール、今すぐにそこから離れてください!! 危険です、今すぐ、そこから―――」

「……ペロ、一体何が……」

呆然自失といって風のピエールを見て、ペロが一瞬で当たりの空気を悟り、今までの剣幕を押し込めた。

「……遅かった、ですか。申し訳ない、今回ばかりは、私の認識が甘かったようだ」

「ペロ、どうしたと、言うのだ……」

テラスで、一人、ピエールは空を眺めながら、ただ、呆然と、そう述べた。

 

「単刀直入に言いましょう、ピエール。ディティールは略きます、鬼が……復活いたしました」

 

「……それ、で?」

ピエールはペロの顔も見ない。ただ、テラスから空を眺めている。

「……貴方に危害がないかと、確認しに、參りました。ピエール、貴方は無事ですか?」

「ああ、”ボクは”ね……」

「……」

その言葉に、言葉を失うペロ。二人とも沈黙し、夜の闇が室内に降りた。

「ピエール、どうしますか? 貴方には選択肢があります」

「ペロ、決まっているだろう。私に選択肢などないよ」

そういうと、ピエールは、今まで見たどの表情よりも真剣な顔をして、ペロの方を向いた。

 

「鬼を、再び、倒す、そして、姫を取り戻す。それ以外に、選択肢など、ない」

 

「いい、覚悟です、鬼はまだ外におりましょう。倒すなら、今」

 

 

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